8時15分。少年は箒に跨ると自室の窓から飛び出した。

 空気抵抗を減らすため、身体は箒とほぼ平行に。自然と下を向く体勢であるから、自分と同じように遅刻しそうな生徒が必死に走っている様子が目に入ってくる。そんな同類たちに心の中で声援を送って、法定速度ギリギリのスピードで少年は空を駆け抜けた。


 登校のタイムリミットは8時20分。チャイムがなると同時に、生活指導の教師が門を閉め始める。

 残り時間はあと1分。このスピードでは間に合わない。おそらくはバレないだろうし、多少であれば見逃して貰えるだろうと更にスピードを上げた。


 チャイムが鳴るのと、勢いよく門をくぐり抜けるのと、どちらが早かったか。少年は器用に箒を操り、土埃を上げながら急停止すると校舎の時計を見上げた。


「……っしゃ、セーフ!」


「遅刻だよ」


「ったぁ!」


 自身の勝ちを確信しガッツポーズを決めた少年の頭にバインダーが落ちる。後ろを見れば、生活指導の担当でもある担任がニッコリと笑顔を浮かべて立っていた。


「いや、今日は絶対間に合ったって!」


「スピードでタイミングを誤魔化そうとしてるのが丸わかりなんだよ」


「……ちょっっっとだけ遅れたかもだけど、それくらいおまけしてくれても!な!」


「普段から真面目だったら大目に見てやっても良かったんだけどな、遅刻常習犯」


 相変わらず笑顔で応答しているが、その額にはうっすらと青筋が立っている。


「はい、すいませんでした。寝坊です」


 普段は穏やかな人だが、怒らせるとかなり怖い事は身をもって体験している。本気で怒られる前の戦略的撤退と言い聞かせ、少年は大人しく白旗を上げた。